自分の仕事(有機合成)について考える1
自分の仕事について抽象的に考察して理解を深めようと思う。
まず、自分は有機合成化学を専門とし、新規素材の開発により事業貢献している。その仕事を言語化した場合に最初に思いつくのが「化合物の価値を定義すること」である。
合成する化合物の中にはまだ世界で知られていない、構造検索を掛けたときに文献がヒットしない化合物も多々含まれる。一方で、既知の化合物だが開発で有用であることを見出す場合もある。
有機合成に携わるものとしてはまだ誰も合成したことのない"新規化合物"の有用性を見つけることが一つの目標であり、かっこいい理想的な"勝ちパターン"である。しかし、「化合物の価値を定義すること」に照らし合わせてみると必ずしも新規化合物である必要はない。それが新規であれ既知であれ、その化合物の有効な使い道を見つけること、それを会社に(そして特許などの形で社会に)提案することが、我々の仕事の意味であると感じる。
書評|成瀬は天下を取りにいく
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2025年の1冊目。読了直後は期待外れに感じるも、時間がたったらじわじわ良さを実感。再読するかは不明。200P程度と短く数時間で読める。
まず主人公の成瀬は天下を取りに行く気はない。そんなことに興味はなさそうである。成瀬は勉強が抜群にできて自分に素直な女の子。この本のよさは成瀬がなにをやっても成功しているわけではないところだ。M-1なんて全然うまくいっていない。それは自分でも自覚している。でも爆発的な行動力でいろいろなことに突っ込んでいく様はやはり非凡。そういうところに憧れを感じるし、本人が200歳まで生きるといっているが人間何歳でも突っ込んでいけると背中を押してくれる。また男なら西浦に少し共感できるのでは?
前評判でのイメージと内容に乖離があり拍子抜けしたところはあるが、心に引っかかる部分がある小説だった。
経済|戦略物資としての半導体、規制と企業のいたちごっこ
ラピダス≒自衛隊
ラピダスへの国策支援を自衛隊のようとは面白い視点。なるほど、半導体は戦略物資で国防・国の安全保障に直結するので言いえて妙である。戦略物資をいかに自国で抱え込むか。TSMCやマイクロンの日本工場を在日米軍というのも納得。
技術者としては国はお金だしてくれれば満足だろう。いかに国・会社のお金でやりたいことをできるかが重要。いい環境。
エヌビディアと米商務省の戦い
米商務省の最先端半導体の対中輸出規制に対し、エヌビディアは性能を少し落としたチップを開発して中国に輸出。さらに規制を厳しくすると、新モデルを出して輸出。 これはルール範囲内でエヌビディアはクレバー。 政府依存とは一線を画する企業家精神の表れでありたくましい。
胆力、ビジネスの実行力がすごい。Deep Skillが高すぎる。自分としてはこういう賢さをぜひ見習いたい。(頭まわらないんだよなあ)
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半導体|日本へのEUV装置上陸
国策の先端半導体メーカー「Rapidus」の北海道千歳市の新工場に、最先端半導体製造向けの極端紫外線(EUV)露光装置が国内で初めて導入された。EUV露光は半導体生産の要である回路形成を担い、装置の搬入は14日に開始され年内完了予定とのこと。
EUV露光装置は重量71トン・高さ3.4メートルのクジラ並みのスケール!?。製造元のオランダASMLのCTOも来るほどの熱の入れよう。1台300億円で23年の出荷台数は世界で42台しかないようなので当然か。
ラピダスはこれを使い2nm品試作を2025年春、量産を2027年に目指す。TSMCが25年の量産を目指す先端半導体レベルのためかなり急速な追い上げである。IBMとガッツリ組んで技術供与を受けていて、コラボとか巻き込みがやっぱり重要なのか。
ChatGPT小説|光の束
バスの揺れは一定のリズムを刻み、茶畑の中を進む風景に重なる。緑の中にバスの影が揺れるたび、頭の中で医師の言葉が反響する。
「進行しています。今すぐ治療を始めなければ、数カ月後には...」
その先の言葉を思い出そうとすると、なぜか風景が一層鮮明になった。青空が広がり、祝福のように差し込む光の束が目を焼き付ける。けれど、それはどこか皮肉めいていた。
近くの席では、初老の男が窓の外を静かに見つめている。彼の目には何か達観したような、長年この道を通ってきた者の静けさがあった。この人は、恐怖に飲み込まれずに病と向き合えているのだろうか。ふと、自分もそうなれるだろうかと考えた。
3年前、この街に移ってきたばかりの頃は、未来が明るく思えた。新しい環境、新しい仕事、そして新しい出会い。だが、次第に日々の忙しさが積み重なり、自分の体からの小さな警告を無視し続けた結果が、今日の診断だ。
「あのとき、もっと早く…」そんな言葉が頭をよぎるたび、心が重くなる。
ふと、初老の男がこちらに視線を向けた。
「ここから先の茶畑は一段と広がっているよ」と彼が言った。声は穏やかで、緊張感を少し和らげるような響きだった。
「ええ、とてもきれいですね」
自分でも驚くほどぎこちない声が出た。
男は静かに続けた。
「病院に行くのは嫌なものだ。最初はね。でも、こうして帰り道に景色を眺めると、ああ、自分はまだ生きているんだなって思うよ」
その言葉は、自分の胸に深く響いた。
自分もまだ生きている。その事実は、診断結果の暗さを少しだけ薄めるようだった。
バスは茶畑の中をさらに進んでいく。光の束が緑の中で踊り、空と畑の境界を溶かしていくように見える。その瞬間、目に映る世界の美しさに心が震えた。
病院の帰り道で見る風景がこうも違って見えるのは、心の中に何かが芽生えたからだろうか。恐怖と絶望の中にあった自分に、初老の男の言葉が静かな灯をともしたのかもしれない。
「まだ間に合うかもしれない」
そう思った瞬間、涙がこぼれた。しかしその涙は、悲しみだけではなかった。
光の束はもう皮肉ではなく、どこか祝福のように見えた。
※ChatGPTに生成させた文章
書評| 限りある時間の使い方 オリバー・バークマン著 高橋璃子訳
- いきなりブログを始めたのもこの本を読んだ影響かもしれない。社会人になって10年たったが、できそこない学生はそのままできそこないの新社会人になり、しばらくかなり苦労した。「イシューからはじめよ」に代表されるビジネス本でひたすら生産性を上げるトレーニングを積んだ結果、それなりに力をつけられた自負はある。ただし、ここ数年生産性に取りつかれた思考が日常生活まで拡大し、むなしさを感じていた。「限りある時間の使い方」を読んだとき、初めて「この本は自分のために書かれたのだ!(陳腐)」と感じた。このむなしさについて看破していたからだ。
※「イシューからはじめよ」は名著で、ビジネス本の中で最高レベルに感謝している。
本書は中毒的に生産性を上げることへの警鐘からはじまる。生産性を上げた先に何があるのか?生産性を上げ、一切の無駄をなくし時間をコントロールすることで、理想の自分に近づくと勘違いしているのではないか?そもそもそんな理想的状況などあるのか?時計がない時代、時間という概念自体がない時代の生活とはどうだったのか。時間に追われる現代よりも豊かな側面があったのではないかという話から始まり、現実を直視することの重要性へと展開される。「七つの習慣」で紹介される石をタスクに見立て容器に隙間なく敷き詰めるエピソードの勘違いにも言及する。石のように時間を効率的に詰め込もうとしてはならないと。
現実の自分(の状況)をまず受け入れ、それでもその不完全な現実に集中することで、本当に豊かな時間を過ごせるのであるというのがこの本のメッセージだ。生産性や効率を追い求めると無意識にでも先のことを考えたくなるが、これをぐっとこらえ目の前の現実に集中する。先のこと(未来)という存在していないものに意識が向かいすぎると、永遠に今を生きることができない、来るかもわからない先のことへの準備に今という大切な時間を使いつづけることになる。これらのメッセージが、数年来感じていたむなしさの正体だということに気づいた。
この本を読んで思い出すのが、リリー・フランキーがアカデミー賞で最優秀助演男優賞を受賞したときに語ったエピソードだ。画家の大竹伸朗の「先のことなんて考えてもしょうがない。だって、その通りの未来になったことがないんだから。だから先のことは考えずに、俺は今日絵を描くんだ」という言葉に触れていた。楽しいことや明るい未来の展望について考えるのは別に悪いことでないが、先のことばかり考えると「今日絵を描く」喜び、幸せ、達成感を延々と先延ばしにすることになる。たとえ一会社員だとしてもこの言葉は心にとめておきたい。失敗しないようにマイルストーンをどこに置くかばかり考えるのではなく、目の前の実験にフォーカスして楽しんでいく。そんなふうに材料の開発を、生活を楽しんでいきたい。自己啓発本を読んでうるっとくることになるとは。
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